なすび(2月14日福島地震)の速報がバズっているのは何故?この人は誰かを調査。

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なすび(2月13日 地震)の速報がバズっているのは何故?この人は誰かを調査。

2021年2月13日午後11辞分頃、再び東北に震度6強の地震がありました。

全国的には小春日和の週末でしたが、と言っても2月の一番寒い時期の地震です。

皆さんの生活が大変気になります。

報道では、14日になっても4県(宮城、福島、栃木、茨木)にまたがり2万4千戸が断水しているとありました。避難所に急がれる姿もテレビで見ました。寒さが尋常でない地域ですのでライフラインの復旧がまたれます。

そんな中ツイッターがとても情報共有に役に立っています。

中でも約4万のイイね!がついている福島からの【なすびさんのツイート】がバズっていますよ。どんな方か気になりますね。

福島県では知名度があるのでしょうか。調べてみました。

なすびさんの速報

ユーチューバーのしんやっちょさんは、なすびさんを知っているようですね。

なすびさんの投稿は、ヤフーニュースにもなり知名度がありますね。

ツイートの好感度が半端ないです。一番はじめは200のイイねから4万を即超えました。

知らなくてすみません。(´-`).。oO

なすびさんの被災状況

停電はしたものの早く電気がつき、自宅にて何とか明け方に就寝できた様です。

家の中は、結構茶箪笥から食器がでていますね。一緒にお母さんと、妹さんがいました。

なすびさん実家に帰っていて被災していますね。お母さんの話では揺れの大きさは、10年前より大きいそうです。10年経っても余震があるって本当に怖いです。

2021,2,14 朝の投稿写真(実家の福島自宅前にて。

このなすび顔が結構みんなに元気を与えると評判なので投稿したとありました。

なすびさんプロフィール

俳優・タレント/本名・浜津 智明(はまつ ともあき)。
福島県立福島東高等学校、専修大学法学部卒業。劇団「なす我儘(がまま)」主宰、劇団丸福ボンバーズ参加中。所属事務所は オフィスケイ。血液型はO型。
福島県出身。福島に元気と勇気、夢と希望をと
エベレスト登頂を志し、3度の失敗にもめげず、2016年5月19日に4度目の挑戦で成功。
福島県あったかふくしま観光交流大使/山の日アンバサダー/富良野自然塾裏磐梯校特別インストラクター/安達太良山観光大使/福島環境・未来アンバサダー第1号
誕生年: 1975年2011年6月からTwitterを利用しています。
引用元 ツイッター。ウィキペディア。

東北大震災が2011年3月11日なので、その後5年の歳月を登山に捧げたということでしょうか。エベレスト成功ってすでに登山家だったのでしょうか。

登山家人生の方は益々気になりますね。普段は地元を中心に俳優などをされているようです。

なすびさん、電波少年を語る

ドッグフードで食いつなぎ、死さえも覚悟した。それでも僕があの部屋から逃げ出さなかった理由

1990年代の超過激バラエティー番組『進ぬ!電波少年』。「懸賞生活」の企画で1年3ヶ月も懸賞品だけで暮らした、なすびさんが過酷な挑戦の日々を振り返った

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!まじでドッグフードを食べていたのですか?

あの懐かしい電波少年】に取材されていたなんて驚きです。

しかも企画の内容が半端ないし、デイレクター、スタッフの入れ込みようも今なら出来ない内容ですよね。

なすびさんてオタクっぽいですが、並々外れた根性の持ち主ではないでしょうか。

でなければこんな企画誰も続きません。

詳細を知りたい方はこの記事をどうぞ。壮絶な生活がわかります。

https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/nasubi2

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なすびさん、電波少年後の人生

「電波少年」での1年3ヶ月の経験は、現在の活動にも強く影響を与えており、「精神力が鍛えられて、タフになりました。底が深くなったと思います。

あの時はずっと一人でいて、同じ作業の繰り返しがつらかった。あの時の苦労を思えば、何でもできます。

番組が終わって、精神的におかしくなった時期があって。何度も死のうと思いました。そんなこともあり、『やりたいことをやらなければ損』と思うようになりました。

今は、やりたいことをやっています。舞台中心に役者活動ができていますし、幸福を追求しています」等と述べている。

2020年新型コロナウイルスの感染拡大を受けた外出自粛ムードの中で、1年3ヶ月の経験で培ったことをツイートし、反響を呼んだ。

引用元 ウィキペディア

とても真面目な大学生であったなすびさん、TVの放映を本人は知らなかったというから驚きです。その後大学も中退となっています。

当時なすびさんのお母さんから言い渡されたことがあったのです。お父さんが警察官なので、人様に迷惑をかけぬように、その職を脅かすことだけはせぬようにということでした。

芸能界は自由業故にその浮き沈みを案じたのでしょう。

本人の知らないところで一躍有名になり売れ始めたタレント、しかも自分の生き恥を晒したような死闘の取材をバックにしての売れっ子芸人の人生でした。

然しその取材のインパクトが強すぎて、なすびさんはタレントとしても長くは続かずにその後、福島県に戻ることとなりました。

そして地元で劇団を作り、俳優として活躍の場を広げました。

なすびさんが、コロナ禍を機にツイッター発信し、過去の体験を投稿したところから再度知られるようになったということです。

まとめ

この記事では、なすびさんのたくさんの経験を持つ人生をピックアップで記載しました。

なすびさん高感度抜群ですね。

【電波少年】をするくらいなら、エベレスト100回登山がいい!これは名台詞です。(笑)

今回は実家にてひさいされました。普段は千葉県にも住んでいるとのことです。

若い頃から稀有な体験をしたなすびさん、今後もいろいろな仕事で発信、表現をされることでしょう。

応援しています。

本日はありがとうございました。

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